北日本建材リース本社にてこの会社を、3行で
- 1工事現場の土台を支える鋼材リースの会社。1971年創業、福田組グループ
- 2シックリーブや150種の資格手当。「お互い様」の発想で、働く制度を一気に整えた
- 3話を聞いたのは、そのきっかけを1枚のFAXでつくった総務・小林彩女さん
この記事を届けたい人
- サークルやバイトで、先頭に立つより支える側が向いていると感じている人。マネージャーや会計など、目立たないけれど欠かせない役割をやってきた人
- 新潟で働きたいが、ゆるく働きたいわけではなく、ちゃんと成長したい人
編集部よりこの会社、何が面白いのか
「先頭に立って引っ張るより、支える側が向いている」——就活でそう伝えることに、少し不安を感じる人もいるかもしれません。消極的に受け取られてしまわないだろうか、と。でも新潟に、「支える」を仕事の真ん中に置いたまま、11年かけて、会社の仕組みづくりに関わるまでになった人がいます。
その人が働くのは、北日本建材リース株式会社(新潟市北区)。橋やビルの工事で地面が崩れないように支える鋼材(重仮設材といいます)を建設会社に貸し出し、工事が終わると回収して、また次の現場へ届ける——いわば、工事現場の「土台を支える」会社です。1971年の創業以来この道ひと筋で、東証プライム市場に上場している福田組のグループ企業でもあります。
この会社の働く環境は、ここ数年で一気に変わりました。有給休暇とは別に、体調を崩したときに使える「シックリーブ」。子育て中の社員だけでなく、介護をする社員も利用できる「ファミリーケア休暇」。資格手当の対象は5種から150種へ。「お互い様だと思える会社にしたい」という考えのもと、1年ほどで一気に整えられた制度たちです。新潟市の「働きやすい職場づくり推進企業表彰」で最高位の市長賞を受けるなど、外部からの評価は、後からついてきました。
ただ、目指しているのは「ラクな会社」ではありません。経営理念は「改革前進」。現状に満足せず学び続ける人、頑張ろうとする人を、制度という形で応援する。休暇や手当の手厚さは、その手段です。
この制度づくりを、総務として中心になって引っ張ってきたのが、新卒でこの会社に入り、今年で11年目になる小林彩女さん。就活の軸は「土台になってみんなを支えたい」だったそうです。支える側を選んだ人のキャリアが、11年でどこまで行くのか。本人に聞きました。

小林 彩女こばやし・あやめ
北日本建材リース株式会社北日本建材リース株式会社 管理部 主任
新潟市出身、新卒入社11年目。総務担当として、給与計算・社会保険・福利厚生全般をひとりで担い、休暇制度の整備など、会社の「人」に関わるプロジェクトを次々と手がけている。
「バリバリ引っ張るより、土台になってみんなを支えたかった」
――新潟で就職しようと決めていたそうですね。
「大学を選ぶときは、私も人並みに『東京に出たいな』という憧れはあったんですよ。でも学費とか、勉強とバイトの両立とか、いろいろ考えると効率的に思えなくて、実家から通える新潟の大学に進みました。就職のときはもう迷わなかったですね。就職するまでの二十数年、ずっと新潟にお世話になってきたわけですよ。土地もいいし、食べ物もおいしいし、お祭りも学生時代に体験して、郷土愛みたいなものが自然と染みついている。恩返しするなら新潟でしょ、と」
――当時は、どんな仕事がしたいと思っていたのですか。
「事務・総務系です。表に出て営業としてバリバリ活躍するより、そういう人たちを支えられる存在になりたかったんです。誰かが個人の力で引っ張るんじゃなくて、土台になってみんなを支えることで、会社全体が上がっていく。その方が自分に合ってると思っていました」
――数ある会社の中で、なぜ北日本建材リースを選んだのでしょうか。
「工業地帯の企業を巡る就活バスツアーで出会ったんです。正直、業務の説明って、学生にはどの企業も大体同じに聞こえるんですよ。でもこの会社だけは、そのあとに『先輩と交流しましょう』という時間をつくってくれた。その時間が心地よくて。
今思い返すと、一番笑顔が多い会社だったんですよね。会議室までの道すがら、みんなが和気あいあいと働いている姿が見えて。それで詳しく調べたら、建設業界の中でも現場の土台を支える仕事で、自分たちの暮らす町を広い範囲で支えられる。しかもリースなので、売って終わりではなく、同じ資材が現場から現場へ何度も使われ続けるんです。無駄がなくてサステナブルだし、貸して返ってくるサイクルがある分、事業としても安定している。知れば知るほど、自分の軸に合っている会社だと思えてきたんです」
「なかったですね。ただ、優しいだけの会社でもないんですよ。質問にはちゃんと答えてくれるけど、悩んでいるときは最初から答えを言わずにヒントをくれる。『これこれこうしたいんですけど、どうですかね』って自分で仮説を立ててから相談する。甘やかすんじゃなくて、ビジネスパートナーとして鍛えてくれる優しさです。福田組グループなので、グループ合同の新入社員研修や3年目研修もあって、そこではビシバシ鍛えてもらいました」
「数字に関わらないもの、全部が私の仕事。これが天職でした」
――入社してから、どんなステップで仕事が変わってきたのですか。
「最初は業務部という部署で、工事現場で使う資材の調達を担当していました。現場で急に必要になるプレートやボルトのような細かい資材を、商社さんに連絡して、見積もりを取って手配する仕事です。それを5年ほどやって、6年目に管理部へ異動しました。そこからは総務として働いていて、ここ数年は、休暇制度の整備や評価制度の見直しといった、会社の仕組みづくりにも関わるようになっています」
「管理部で総務を担当しています。経理は財務・会計に関する数字を見る仕事ですけど、総務は『それに関わらないもの全部』。給与計算も社会保険も福利厚生もやるし、突発的に何かが起きたら対応する。入社・退社の手続きや健康管理、確定拠出年金(DC)・iDeCoといった資産形成の手続きに労務管理など、小さなことから大きなことまで幅広く対応しています」
――聞いているだけでも大変そうですが、苦にはならないのですか。
「合う・合わないはあると思います。嫌だという人もいると思います。でも私には、それがすごく面白かった。業務部のころは、営業さんが取ってきた仕事が降りてきて、それをこなすという面が強かったんです。今は仕事を自分から拾いに行ける。だからこの仕事は、かなり天職だと言えると思ってます」
――とはいえ、11年の中には「もう無理」と思った瞬間もあったのでは。
「もちろんありました。一番しんどかったのは、管理部に異動したてのころですね。社会保険も給与計算も、法律も含めて短期間で一気に、一人で覚えなきゃいけない。給料って、性質上ぜったいに間違えられないじゃないですか。やっと覚えたと思ったら勤怠をデジタル化することになり、私、機械音痴なので、システム設定はトライ&エラーの繰り返しで……。なかなかハードでした。でも、そういうときにまず相談できるんですよ、この会社は。後輩だろうが同僚だろうが社長だろうが、みんな助けてくれる。それって、最高じゃないですか。そのたびに救われて、彼ら彼女らのために頑張りたいという思いが、日に日に増えていってる感じです」
「総務は、数字に関わらないもの全部」。管理部に移って6年になる
「1枚のFAXが、市長賞になった」
――働きやすさが外部から評価され始めたきっかけは、意外なものだったと聞きました。
「ある日、新潟市からのFAXが机の上に置かれていたんです。読んでみると、自社の働きやすい職場づくりの取り組みを提出すれば、何が足りないかを行政が教えてくれる、という内容でした。これはありがたいと思って、その場で取り組みを書いて、自分の判断で送り返しました。足りないところを指摘してもらえれば、あとはそれを一つずつ整えていけばいい。自分で課題を探すより効率的だと考えたんです。そうしたら、足りないところを教えてもらうつもりが、市長賞をいただくことになって。自分がいちばん驚きました」
――シックリーブやファミリーケア休暇など、制度が次々と生まれています。計画的に進めたのですか。
「実は、ちゃんとしたロードマップがあったわけじゃないんです。『社員を丸ごと守って応援する』というビジョンがまずあって、『これを整えるなら、あれも必要だよね』と連鎖的に進んでいきました。1年くらいで、一気に整いましたね」
「たとえば、子どもの看護休暇だけだと『子育てしてる社員ばっかり応援か』となるのも嫌だし、介護の社員だけ応援するのも嫌なんですよ。『お互い様だよね』って思ってほしかったから、全部一気にやろう、と。それができたのは、管理部の上司たちのフットワークが軽いからだと思います。良さそうだと思ったことは、検討に時間をかけすぎず、まず動いてみる。社長も副社長も含めて、改革前進の精神で新しい取り組みを面白がる人たちなので、話が早いんです」
「30そこそこの私が、経営の生の議論を聞ける」
「評価制度のバージョンアップです。頑張った人が正しく報われる評価制度に、根本からつくり直そうとしています。今はまだ経営層で議論を重ねている段階で、営業、管理、施工現場、それぞれの立場の経営層が、それぞれの考えと熱い想いを持ち寄るんです。立場が違えばどれも筋が通っていて、正解はひとつじゃない。その中で、ひとつのゴールにまとめていく。ものすごく大変ですけど、ものすごく面白いですよ。30そこそこの私が、経営の生の議論に参加できる機会って、なかなかないですから」
――完成したら、どのように社内へ広げていくのですか。
「社員のみなさんの意見を、きちんと聞きながら進めたいと思っています。私はずっと管理部門にいるので、営業や施工現場の目線は、正直、現場のみなさんの方がずっと詳しいんです。決めたものを一方的に広げるのではなく、それぞれの実情を教えてもらいながら、制度に反映していく。その間をつなぐ役割を、総務として果たせたらと思っています」
――話を聞いていると、働きやすさは制度だけの話ではなさそうですね。
「そうですね。年齢や立場に関係なく、誰でも発言できる環境なんですよ。我慢しないで、何でも言える。若手でも『ちょっと困ってるんですけど』って言える。役職で呼ばずに『○○さん』と呼ぶので、肩書による威圧感は薄いのだと思います。こういう空気は、私が入社したときから変わらないですね」
取材は本社の会議室で。「支える側」の11年を、楽しそうに話す
「頑張りたい人を応援する基盤は、もうご用意しています」
――「福利厚生が手厚い会社」と聞くと、正直「ゆるく働けそう」と思う学生もいそうです。
「私たちが用意しているのは、頑張りたい人を応援する基盤です。資格取得の勉強には会社の補助があるし、資格手当は150種ある。NISAとかiDeCoみたいな、生活に関わるお金の勉強も社内研修でやっています。逆に言うと、手厚いからといって、入ってぶら下がりたいという人には合わないと思います。これからは、お客様から『よろしく』と言われるのを待つだけじゃなくて、こちらから提案していける会社にならなきゃいけないので」
――「こちらから提案していける会社」とは、どういうことでしょうか。
「これまでの仕事は、お付き合いのある建設会社さんから『この現場をお願いします』とご依頼をいただいて、それに確実に応える、という形が中心でした。それ自体は強みなんですが、これからは、現場のお困り事を予測して『うちの資材と工法なら、こういうことができます』と自分たちから提案しに行きたい。正直、まだ得意とは言えない部分で、これからの挑戦なんです。
だから、社員一人ひとりにも同じ姿勢を期待しています。たとえば営業のアシスタントの仕事も、頼まれた請求書や依頼書をつくるところまでで十分成り立ちます。でも中には、『こういう鋼材が必要なんだけど』と聞いて、じゃあ私が手配します、って工場見学に行って、どういう工程で調達すればいいかまで自分で考えて動く人もいるんですよ。そういうふうに、自分から一歩踏み込む人が増えていくと、会社の挑戦も進んでいくと思っています」
「経営理念の『改革前進』に共感してもらえる人ですね。現状に満足しないで、『より良くするにはどうすればいいんだろう』と自分から学んでいける人。特別なスキルは求めていません。誠実に人と向き合えて、周りと信頼関係を築いていける方なら、ぜひ一緒に働きたいです」
――最後に、小林さんがこれから目指していきたいことを教えてください。
「働きやすい職場づくりで、新潟市では一番の評価をいただけたので——次は日本一を目指したいです。売上とか数字の目標ももちろん大事ですけど、その基盤になるのはやっぱり職場なので。社員一人ひとりが輝ける職場を、つくっていきたいですね」
編集部後記
取材で印象に残ったのは、制度の話の手前にある文化でした。役職で呼ばない。年齢や立場に関係なく、誰でも意見を言える。困ったときは「お互い様」と言い合える。シックリーブも150種の資格手当も、お金と手間のかかる制度ですが、その土台にあるのは、お金では買えないこの空気の方なのだと感じました。
「支える側が向いている」というのは、消極的な選択ではないと思います。小林さんは「土台になってみんなを支えたい」と言って入社し、11年後には経営の議論に加わり、会社の制度を変え、市長賞の受賞に関わっていました。小林さんには、LINKUの交流会で会えます。「総務って実際何をやってるんですか?」という質問からで大丈夫です。