
「地方の衰退」への危機感から、自立した経済圏を作るプラットフォーマーへ。学生コミュニティと農業の未来
「埋もれている価値を発掘して、その価値を流通させる。それができる場所に行きたい」
高校時代、周囲が偏差値を基準に進路を決める中、そう宣言して新潟大学創生学部の門を叩いたのは、岩田文月さん。
現在、新潟県内で最大規模の学生コミュニティ「次世代BASE」を運営し、学生と地域社会をつなぐ新しいエコシステムを構築している。その活動は単なる交流にとどまらず、地元企業の課題解決や、若者の県内定着率向上にまで寄与しつつある。
奈良県の山間部、同級生がわずか4人という環境で育ち、シュタイナー教育や「ゲーム・テレビ禁止」という独自の家庭方針の中で培われたクリエイティビティ。そして、目の当たりにした「地方の衰退」への強烈な危機感。
なぜ彼は新潟を選び、何を成し遂げようとしているのか。幼少期のエピソードから、現在進行形で取り組む農業プラットフォーム構想まで、その特異な歩みと熱い想いに迫った。
新潟大学創生学部3年生。奈良県奈良市(旧月ヶ瀬村エリア)出身。高校時代に地方衰退の現実に直面し、経済的な自立システムを作ることを志す。大学進学後、バドミントンサークルの立ち上げやベンチャー企業でのインターンを経て、学生コミュニティ「次世代BASE」を創設。現在は法人「株式会社ネオシーム」を設立し、プラットフォーム事業や農業の新しい流通モデル「コンドルビレッジ」の構築に挑んでいる。
「ないなら作る」が当たり前だった幼少期
生まれは愛媛ですが、すぐに奈良県の奈良市に移りました。そこは三重県との県境にある山間部で、いわゆる「ど田舎」です。
僕のルーツは少し変わっていて、幼稚園はバスで遠くのシュタイナー教育の実践校に通っていました。そこは感性を大切にする場所で、メルヘンの世界というか、頭の中の想像力がすごく重要視される環境でした。家庭の方針も厳しくて、家ではゲームもテレビも禁止。だから、ひたすら自分で遊びを作るしかなかったんです。
積み木でピタゴラスイッチのような仕掛けを作ったり、小学5年生の時には「鶏を飼いたい」と思って、本を見よう見まねで2畳くらいの鶏小屋を自分で建てたりもしました。
自立心も妙に強くて、小2で初めて一人でバスに乗り、小3では「愛媛の祖父の家に行きたい」と言って一人で飛行機に乗りました。小5の時には、どうしても欲しいおもちゃがあったのですが、親には買ってもらえない。そうしたら叔父が「5000円あげるから自力で家まで来たら買ってやる」と言うんです。
奈良から愛媛まで、どう計算しても7000円かかる。毎日JRに電話してルートを相談し、フェリーなら安いと突き止めました。でも「小学生一人の乗船は不可」。でも話を聞いてみると、保護者の承諾があれば乗れるとのことで、母の承諾を得て突破しました。それでも500円足りなくて、最後は知人の親御さんが途中まで車で行く便を見つけて便乗させてもらい、なんとか辿り着きました。
小・中学校は地元の公立の学校に通ったのですが、同級生は9年間ずっと同じ4人だけ。テレビの話も合わないし、シュタイナー教育で培った感覚も周囲とは違う。
「なんでみんなそんな話で盛り上がれるんだろう」と疎外感を感じることもありましたが、その環境が「ないものは自分で作る」「目的のために手段を考え抜く」という僕の原点を作ってくれたのだと思います。
チームスポーツの限界と、個の勝負への転向
小さい頃はスポーツにも打ち込みました。小学校はテニスをやっていたんですが、中学にはテニス部がなく、未経験でバレーボール部に入りました。最初はひたすら練習し、2年になると「俺がやるからついてこい」とキャプテン兼エースとしてチームを引っ張りました。相手チームから「あいつのワンマンチームだ」と陰口を叩かれるほど必死にやりましたが、結果は県3位止まり。
そこで痛感したんです。「チームスポーツは、自分一人がどれだけ頑張っても限界がある」と。6人全員が噛み合わないと勝てないもどかしさを感じました。
だから、高校ではバドミントンに転向しました。個人競技なら、自分がやった分だけ結果に出る。それが肌に合っていました。進学校でしたが勉強はそこそこに、3年間ほぼバドミントンに捧げました。良いパートナーにも恵まれ、最終的には団体の近畿大会でベスト8まで行くことができました。


しかし、学生団体としての活動だけでは限界があります。資金面、契約上の信用、そして学生が卒業すれば終わってしまう継続性の問題です。そこで設立したのが「株式会社ネオシーム」です。
僕がやりたいことは、結局のところ「プラットフォームを作ること」なんです。農業であれ、学生支援であれ、企業の経営企画であれ、人と人、価値と価値をつなぐインフラを作ること。自分の職業は「プラットフォーマー」だと言えるようになりたい。新潟という実験フィールドで出会った最高の仲間たちと共に、これからは自分自身が作ったプラットフォームを通じて、世界に新しい価値を流通させていきたいです。