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「地方の衰退」への危機感から、自立した経済圏を作るプラットフォーマーへ。学生コミュニティと農業の未来

「地方の衰退」への危機感から、自立した経済圏を作るプラットフォーマーへ。学生コミュニティと農業の未来

岩田 文月

岩田 文月

新潟大学創生学部3年 / 株式会社ネオシム 代表

2025年1月15日

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#フレックス#副業#インセンティブ#イントレプレナー#起業#海外展開#コミュニティ#社会課題#地域創り

「埋もれている価値を発掘して、その価値を流通させる。それができる場所に行きたい」

高校時代、周囲が偏差値を基準に進路を決める中、そう宣言して新潟大学創生学部の門を叩いたのは、岩田文月さん。

現在、新潟県内で最大規模の学生コミュニティ「次世代BASE」を運営し、学生と地域社会をつなぐ新しいエコシステムを構築している。その活動は単なる交流にとどまらず、地元企業の課題解決や、若者の県内定着率向上にまで寄与しつつある。

奈良県の山間部、同級生がわずか4人という環境で育ち、シュタイナー教育や「ゲーム・テレビ禁止」という独自の家庭方針の中で培われたクリエイティビティ。そして、目の当たりにした「地方の衰退」への強烈な危機感。

なぜ彼は新潟を選び、何を成し遂げようとしているのか。幼少期のエピソードから、現在進行形で取り組む農業プラットフォーム構想まで、その特異な歩みと熱い想いに迫った。

新潟大学創生学部3年生。奈良県奈良市(旧月ヶ瀬村エリア)出身。高校時代に地方衰退の現実に直面し、経済的な自立システムを作ることを志す。大学進学後、バドミントンサークルの立ち上げやベンチャー企業でのインターンを経て、学生コミュニティ「次世代BASE」を創設。現在は法人「株式会社ネオシーム」を設立し、プラットフォーム事業や農業の新しい流通モデル「コンドルビレッジ」の構築に挑んでいる。

「ないなら作る」が当たり前だった幼少期

生まれは愛媛ですが、すぐに奈良県の奈良市に移りました。そこは三重県との県境にある山間部で、いわゆる「ど田舎」です。

僕のルーツは少し変わっていて、幼稚園はバスで遠くのシュタイナー教育の実践校に通っていました。そこは感性を大切にする場所で、メルヘンの世界というか、頭の中の想像力がすごく重要視される環境でした。家庭の方針も厳しくて、家ではゲームもテレビも禁止。だから、ひたすら自分で遊びを作るしかなかったんです。

積み木でピタゴラスイッチのような仕掛けを作ったり、小学5年生の時には「鶏を飼いたい」と思って、本を見よう見まねで2畳くらいの鶏小屋を自分で建てたりもしました。

自立心も妙に強くて、小2で初めて一人でバスに乗り、小3では「愛媛の祖父の家に行きたい」と言って一人で飛行機に乗りました。小5の時には、どうしても欲しいおもちゃがあったのですが、親には買ってもらえない。そうしたら叔父が「5000円あげるから自力で家まで来たら買ってやる」と言うんです。

奈良から愛媛まで、どう計算しても7000円かかる。毎日JRに電話してルートを相談し、フェリーなら安いと突き止めました。でも「小学生一人の乗船は不可」。でも話を聞いてみると、保護者の承諾があれば乗れるとのことで、母の承諾を得て突破しました。それでも500円足りなくて、最後は知人の親御さんが途中まで車で行く便を見つけて便乗させてもらい、なんとか辿り着きました。

小・中学校は地元の公立の学校に通ったのですが、同級生は9年間ずっと同じ4人だけ。テレビの話も合わないし、シュタイナー教育で培った感覚も周囲とは違う。

「なんでみんなそんな話で盛り上がれるんだろう」と疎外感を感じることもありましたが、その環境が「ないものは自分で作る」「目的のために手段を考え抜く」という僕の原点を作ってくれたのだと思います。

チームスポーツの限界と、個の勝負への転向

小さい頃はスポーツにも打ち込みました。小学校はテニスをやっていたんですが、中学にはテニス部がなく、未経験でバレーボール部に入りました。最初はひたすら練習し、2年になると「俺がやるからついてこい」とキャプテン兼エースとしてチームを引っ張りました。相手チームから「あいつのワンマンチームだ」と陰口を叩かれるほど必死にやりましたが、結果は県3位止まり。

そこで痛感したんです。「チームスポーツは、自分一人がどれだけ頑張っても限界がある」と。6人全員が噛み合わないと勝てないもどかしさを感じました。

だから、高校ではバドミントンに転向しました。個人競技なら、自分がやった分だけ結果に出る。それが肌に合っていました。進学校でしたが勉強はそこそこに、3年間ほぼバドミントンに捧げました。良いパートナーにも恵まれ、最終的には団体の近畿大会でベスト8まで行くことができました。

地方の衰退への怒りと、経済的自立への志

高校生活を送る中で、地元を支えていたはずの大手企業が、過去に工場を閉鎖し撤退していたという事実を知りました。

「あれだけ大歓迎して誘致しておいて、都合が悪くなればあっさり出て行くのか」

やり場のない怒りが込み上げました。企業の論理といえばそれまでですが、あまりにも無責任じゃないか。その一方で、ふと町を見渡せば、誰も歩かないような場所に何億円もの税金を投じて、立派な歩道が作られている。

外からの誘致に頼り、意味のないハコモノにすがる。そんな歪な構造が、目の前にありました。

「これじゃダメだ。補助金や企業誘致に依存していては、地方は生き残れない」

誰かが助けてくれるのを待つのではなく、小さくてもいい。自分たちの手で、地域の中で自立して収益を生み出せる経済圏(エコシステム)を作らなければならない。その時、僕の中で将来やるべきことが見えてきました。そして、経済を生み出すために「埋もれている価値を発掘して、流通させる」ことが大事だと考えるようになりました。

大学選びも偏差値ではなく「自分の実験フィールド」として適しているかどうかで選びました。全国の大学を見て回る中で、新潟大学の創生学部に出会いました。「自分で学びを設計する」というコンセプトと、ここなら一つの軸を持って暴れ回れると感じ、総合型選抜試験で入学を決めました。

最高の仲間との出会い、そして「次世代BASE」の誕生

大学に入ってまず直面したのは、「バドミントンをやりたい環境がない」という問題でした。体育会は雰囲気が合わないし、サークルは競技のレベルはあまり高くない。「だったら作るか」と、10人くらいで新しいサークルを立ち上げ、すぐに大学公認を取りに行きました。

周囲からは「公認なんていらないでしょ」と猛反対されました。でも、僕は体育館の使用料を計算してみたんです。公認じゃないと使用料がかさみ、結局自分たち学生が損をするのが見えていた。「だったら公認取ろう!」と思って、反対を押し切って手続きを進めました。

大学生活の前半は、そうやってバドミントンをしながら、深夜まで遊ぶような典型的な大学生もやっていました。1年の後半から色々と動くようになり、新規事業を考えるインターンや、スタートアップ支援を行う企業でのインターンなどを経験しましたが、転機となったのは「次世代BASE」を一緒に立ち上げることになる3人の仲間との出会いでした。

彼らと話した時、初めて「共感できる」という感覚を持てたんです。僕が「こんなことできたらいいよね」と夢を語ると、彼らはそれを笑ったり否定したりするどころか、「だったらこんなこともできるんじゃない?」と、僕の想像をはるかに超えるアイデアを次々と重ねてくれる。「このメンバーとなら、本気で走れる」そう直感し、迷うことなくその日のうちに「一緒にやろう」と決めました。

僕は「こうしたい」というビジョンを描くことは好きですが、それを形にするための組織作りや細かい調整は正直、苦手です。そんな僕の足りない部分を完璧に補い、屋台骨を支えてくれる頼もしい相棒や、周りの人を自然と巻き込んでしまう天才的なメンバーたちがいました。それぞれの得意分野を持ち寄って、チームの凸凹がカチッとはまったからこそ、僕一人では決して描けなかった景色を見ることができ、「次世代BASE」もここまで成長できたのだと思います。

学生2000人とつながるエコシステム。「次世代BASE」が変える地方の未来

「次世代BASE」は、一言で言えば「学生同士と地域社会に新しいつながりを生み出すコミュニティ」です。現在、オンライン上の参加者は230名を超え、ネットワーク全体では2000人規模の学生とつながっています。

大切にしているのは「つながる、見つけ、作り出す」というステップです。活動内容は多岐にわたります。企業の人とつながるようなイベントから、幼稚園児やお年寄りも巻き込んだゴミ拾い、さらには餅つき大会まで。ジャンルはバラバラですが、すべて学生たちの「やりたい」から生まれ、年間50本以上の企画が走っています。

しかし、学生団体としての活動だけでは限界があります。資金面、契約上の信用、そして学生が卒業すれば終わってしまう継続性の問題です。そこで設立したのが「株式会社ネオシーム」です。

「ネオシーム」は、企業が持つ「学生と何か一緒にやりたい」というニーズを、実際の事業として形にするための受け皿です。具体的には、企業からの商品開発やイベント企画など、学生との共創プロジェクトを業務として請け負っています。企業にとって、実体のない学生団体への発注は契約や信用の面でハードルが高いもの。そこで法人であるネオシームが契約主体となり、納期や品質を含めて責任を持ってプロジェクトを管理することで、安心して任せていただけます。

こうしてビジネスとして収益を上げ、その利益を「次世代BASE」の運営費や活動資金に還元する。つまり、ネオシームがしっかりと稼ぐことで、学生コミュニティであるBASEがボランティアや持ち出しに頼らず、持続的に運営され続ける仕組みを作っているのです。

現在では、おにぎり販売、メディア運営、フードバンク、アパレルなど、派生して生まれた7〜10個のプロジェクトを「ネオシーム」が束ねる形になりつつあります。コンサルティングのように外部から助言するのではなく、企業や地域の内部に入り込み、「人と人のつながりのインフラ」として機能する。参加する学生も卒業したら「ネオシーム」に入社してもいいし、そこから地域企業へ羽ばたいてもいい。この両輪で、人と資金が循環するエコシステムを実現しようとしています。

農業×コミュニティで世界へ。プラットフォーマーとしての野望

現在、僕は「次世代BASE」の運営を後輩たちに引き継ぎつつ、「ネオシーム」の活動、そして自分が元々やりかった「農業」での新しい事業にも取り組んでいます。

僕の実家は茶園を経営していて、愛媛の祖父も50年前から農業の6次産業化に取り組んでいました。そのマインドを受け継ぎつつ、僕は「6次産業化のその次」を作りたいと考えています。

それは「コミュニティ」です。単にモノを売買するだけでなく、生産者も消費者も、加工業者も一緒になった仮想の村、「コンドルビレッジ」を作ろうとしています。仮想空間上に村を作り、そこに世界中のローカルが集まる。小さくて弱い個々の農家でも、集合体になればAmazonやGoogleのような巨大資本とも渡り合えるはずです。

この構想を実現するために、すでにベトナムやカンボジア、ラオスといった国々とも連携を始めています。祖父のネットワークも活用しながら、日本と海外をつなぐ新しい農業プラットフォームの実証実験を進めています。

僕がやりたいことは、結局のところ「プラットフォームを作ること」なんです。農業であれ、学生支援であれ、企業の経営企画であれ、人と人、価値と価値をつなぐインフラを作ること。自分の職業は「プラットフォーマー」だと言えるようになりたい。新潟という実験フィールドで出会った最高の仲間たちと共に、これからは自分自身が作ったプラットフォームを通じて、世界に新しい価値を流通させていきたいです。

Profile

岩田 文月

Fuzuki Iwata

岩田 文月

新潟大学創生学部3年 / 株式会社ネオシム 代表

奈良県奈良市(旧月ヶ瀬村エリア)出身。高校時代に地方衰退の現実に直面し、経済的な自立システムを作ることを志す。新潟大学創生学部進学後、学生コミュニティ「次世代BASE」を創設。法人「株式会社ネオシム」を設立し、農業の新しい流通モデル「コンドロビレッジ(仮称)」の構築にも挑んでいる。

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