新潟大学工学部の齊藤大暉さん。学業でプログラミングやロボット制御を学ぶかたわら、居酒屋のアルバイトリーダーやBBQ場でのイベント企画、さらにはバドミントンサークルの副サークル長として、学生生活のあらゆる場面で周囲との調和を大切にしながら精力的に活動している。「一つに執着しない」という生き方にたどり着いたのか。過去の原体験や周囲の大人たちからの学び、そして困難を乗り越えた経験を通して形成してきた価値観と未来への展望に迫る。
新潟大学工学部電子情報通信学科。秋田県上小阿仁村出身。現在は大学でプログラミングやロボット制御などの工学分野を学ぶ一方、新潟駅の日本酒専門居酒屋でアルバイトリーダーを務める。また、万代橋近くのやすらぎ堤周辺のBBQ場にてイベント企画に携わるほか、公認のバドミントンサークルでは副サークル長として組織を支えている。
秘境でのびのびと育った幼少期と、家族のような小中学校時代
秋田県の上小阿仁村という、人口3000人規模の山間の村の出身です。雪もたくさん降りますし、自転車で通学している時に30メートル先を黒い熊が横切って、恐怖のあまり自己新記録のスピードでペダルを漕いだこともあるような、まさに大自然に囲まれた秘境です。
男3人、女1人の4人兄弟の三男として育ちました。幼い頃はとにかく元気で活発で、家の中で兄弟と野球をしてテレビを壊してしまうようなやんちゃな子どもでした。食べることも大好きで、小学校6年生までは食べ続けてぽっちゃりしていた時期もあります。
小中併設の学校で、1学年10人ほど、全校でも90人から100人程度の規模でした。幼稚園からずっと同じメンバーで、まるで家族のような濃密な人間関係の中で9年間を過ごしました。人数が少ないため、部活のキャプテンや委員長など、自然とリーダー的な役割を担うことが多かったです。
高校は、実家から車で30分ほどの場所へ親に送迎してもらって通っていました。そこでバドミントン部に入部し、主将を任されました。同級生が12人もいて、男女合わせて50人ほどの大所帯な部活でした。また、体育館を剣道部と分け合っていたため、コートの取り合いでしばし揉めることもありました。
私は昔から、対立を激化させたり言い争いをしたりするのが好きではなく、引いてしまうタイプでした。そのため、部員同士がぶつかった時は「なぜこの人たちはこんなに熱くなっているんだろう」と一歩引いて客観的に状況を見つめ、中立の立場から交渉や調整を行うことを心がけました。
リーダーシップに関しても、「自分がトップとして引っ張る」というよりは「みんなでチームを作ろう」という意識を持っていました。キャプテンの言うことだけを聞かせて練習させるのは違うと感じていたからです。部員が「これをやってみたい」と言えばすぐに取り入れたり、コーチに相談して練習メニューを工夫したりしました。
ジュニア出身者がいない高校から始めたメンバーばかりでしたが、全員で意見を出し合い切磋琢磨した結果、秋田県内で自分たちが一番強くなったという自負を持てるまで成長できました。

反面教師から学んだ対人関係
大学進学にあたっては、数学と物理が得意だったため理系の工学部を選びました。地元は自然豊かで好きでしたが、アクセスが悪く遊ぶ場所も少なかったため、一人暮らしをしてみたいという思いがありました。
ただ、修学旅行で東京の満員電車に乗った際、「ここは遊びに行く場所であって、毎日この電車に乗って生活する場所ではない」と痛感しました。そのため、自分の手の届く範囲で最もレベルが高く、先輩も進学していた新潟大学への進学を決めました。
大学生活では、サークルやアルバイトに力を入れました。ただ、最初に入った飲食店では厳しい指導を受けてしまいすぐに辞めることになりました。しかし、その挫折があったからこそ、大学1年の2月から働き始めた日本酒専門居酒屋では、自分に合った素晴らしい職場に出会うことができました。
2年以上勤め、アルバイトリーダーもさせてもらっています。日本酒の提案や、接客を楽しんでいます。一緒に働くバイト仲間や社員さんなどにも恵まれ、それが長く続いている一番の理由です。
一方で、周囲の人を「反面教師」として学ぶことも多かったです。例えば、居酒屋で働く中で、人によって接する態度を変えるのはよくないとか、誰に対しても平等な優しさを持って丁寧に接する方がいいということなど学びました。また、父親のことは尊敬していますが、感謝や謝罪の言葉をあまり口にしない人でしたので、自分としては意識的に「ありがとう」や「ごめんなさい」をしっかりと言葉にして伝えるようにしています。
居酒屋でのアルバイトは、色々な学びがあります。例えば、コミュニケーションにおいては、忙しい現場で言葉を短く伝えようとするあまり、主語や目的語が抜けて「やって」とだけ言い、意図が伝わらない場面を何度も経験しました。その失敗から、常に「相手の立場に立ち、相手の意図を汲み取ること」、そして「この言葉を受け取った相手がどう感じるか」を想像しながら発言し、場の関係性を良好に保つ努力をするようになりました。
ロボット演習チームで掴んだ勝利
大学2年の夏には、「夏らしいことがしたい」という好奇心から、万代橋の近くのBBQ広場でもアルバイトを始めました。そこはベンチャー気質に溢れており、社員さんとの距離も近く、自分が提案した「子ども向けの水遊び」や「噴水の設置」といったアイデアが即決で採用され、形になっていくスピード感にワクワクしました。花火の日に合わせた大規模なイベントを企画した際は、当日の大雨で中止になるという悔しい思いもありましたが、いい経験になりました。
また、公認のバドミントンサークルでは副サークル長を務めました。ここでは自分が前に出るのではなく、優秀なサークル長をサポートする裏方に徹し、イベント構成の提案や原稿作成、1年生への積極的な声かけなどを行いました。主将としてチームをまとめた高校時代とは異なる役割でしたが、これも非常に楽しい経験でした。

学業の面では、プログラミング(PythonやC言語)の演習が大好きで夢中になりました。また、電子情報通信学科の演習で行ったロボットカーの製作も面白かったです。約4ヶ月にわたるプロジェクトで、学科80人を4〜5人の17グループに分け、ロボットカーを作り、コースを3周させてタイムを競うというものでした。私はソフトウェアを担当し、AIも駆使しながら機能を追加するコードを書きました。
自信作の速い車が仕上がり「これは余裕で1位を取れる」と油断していた矢先、大会の直前になって突然部品が故障して、動かなくなってしまいました。原因が特定できず絶望しかけましたが、諦めずにチーム全員で1週間かけて全ての部品を取り替え、なんとか前日に復旧させました。そして本番では、練習時より2秒も早いタイムを叩き出し、17グループの中でぶっちぎりの1位を獲得することができたのです。
この演習で意識していたのはチームの雰囲気作りです。チームメンバーは、全く知らない人同士のグループ。作業に没頭しすぎて精神的に追い詰められないよう、休憩時間を多めにとったり、冗談を言い合ってストレスを溜めない環境を作りました。この「心の余裕」を持たせるアプローチが、土壇場でのトラブルを乗り越えるチームワークに繋がったのだと信じています。
「一つに執着しない」未来の選択
卒業後は、大学院には進学せず、すぐに社会に出ようと考えています。大学院に行けば社会に出るのが2年遅れてしまいますし、今の研究室は電子系で、私が将来やりたいこととは少し軸がずれているため、早く社会経験を積みたいと考えています。
仕事としては、IT業界や金融業界のDX部門で、システムの企画や設計といった上流工程に携わりたいと考えています。また、これまで居酒屋などで人と話してきた経験を活かして、営業職にも興味があります。欲しくもない人に無理やり売りつけるようなゴリゴリの営業ではなく、本当にお客様の課題を解決する「提案型の営業」をやってみたいです。
いろいろな経験をする中で、「一つに執着しない」という考え方は大切にしていきたいと考えています。就職活動も、学業も、アルバイトも、そしてアニメやゲームといった趣味も、全てを多面的に頑張ることを意識しています。
何か一つのことだけに全集中してしまうと、それが上手くいかなくなった時のダメージが大きく、心から余裕が失われてしまうからです。多面的に動くことで生み出される「余裕」を持ちながら、様々なことに挑戦し、周囲と協力し合いながら社会に貢献していきたいと考えています。