LINK U
「違うことが当たり前」の世界で知った、完璧じゃなくてもいい自分。誰かの「伴走者」として、新しい冒険を続けたい

「違うことが当たり前」の世界で知った、完璧じゃなくてもいい自分。誰かの「伴走者」として、新しい冒険を続けたい

小川 佳希

小川 佳希

新潟県立大学国際地域学部 / 留学経験者

2025年2月14日

8

#相手に寄り添う伴走型#越境経験#環境を活かす力#挑戦から成長を生む#対話で信頼構築#グローバル視点#教育×人材×コンサルに関心#組織と個人の成長支援#自分らしさを大切に

新潟県立大学国際地域学部で学ぶ小川佳希さん。以前は「周りに合わせる」ことが多かったものの、大学時代にリトアニアへの留学という「冒険」を選び、価値観を大きく揺さぶられました。そこで得た「自分らしく生きていい」という気づきは、帰国後のボランティア活動における中高生への関わり方、そして将来の夢へと繋がっています。「完璧じゃなくてもいい」という考えに辿り着き、誰かの人生に寄り添う「伴走者」としての道を歩み始めたのか、そのストーリーに迫ります。

富山県魚津市出身。新潟県立大学国際地域学部に在籍し、言語や歴史、ジェンダーなどを幅広く学ぶ。大学2年次にリトアニアへ約半年の留学を経験。帰国後は大学生メンターとして中高生の探究学習を支援するボランティア活動に従事。

富山が育んだ好奇心旺盛で負けず嫌いな性格

富山県魚津市の出身です。幼い頃の自分を振り返ると、親からはよく「頑張り屋さん」や「コツコツと努力している」と言われていました。ただ、自分の中ではそういった一面だけでなく、本当はもっと「わちゃわちゃ」とした、活発な子どもだったように思います。

好奇心は旺盛で、ピアノにチアリーディング、ダンス、体操、習字と、いろんな習い事を経験しました。中でも印象に残っているのは、小学校の卒業式で、オーディションに受かりピアノの伴奏をしたことです。

ダンスは中学校に入ってからも続け、地元のお祭りのコンテストで優勝したこともありました。周りのメンバーがすごくて運よく混ざれただけかもしれませんが、とても嬉しかったです。ただ、それらは「自分がやりたい」というよりも、友達と一緒にやるからとか、周りの環境に乗っかっていた部分が大きかったかもしれません。

そんな私が「強くなりたい」と本気でのめり込んだのが、中学から高校まで6年間続けたソフトテニスでした。初心者からのスタートでしたが、経験者の子たちに負けたくない一心で練習しました。昔から、実はだいぶ負けず嫌いなんです。高校時代は部長も経験し、団体で県3位という結果を残すことができました。

部活に勉強にと、目の前のことに全力で取り組んだ高校生活でしたが、アメリカへの語学研修はコロナで中止になってしまいました。いつか絶対に留学に行きたいと思うようになりましたね。

誰も行かない場所へ行きたい。リトアニアへの冒険

高校卒業後は、新潟県立大学の国際地域学部に進学しました。まだ将来の夢が明確に絞れていなかったので、一つの分野だけでなく幅広く色々なことを学びたいと思っていました。

大学生活のハイライトと言えるのが、2年生の後期から約半年間行ったリトアニアへの留学です。大学には留学制度があり、最初はアメリカやカナダといったよく知られている国への留学を希望していた。ただ、そういった国への留学は、先輩たちの留学報告を聞く中で、なんとなく想像できてしまったんです。

どうせなら、新しいことをやりたい。自分で冒険してみたい。そう思った私が選んだのが、まだ提携が始まって間もなく、私が2期生となるリトアニアでした。前例が少ないからこそ、自分でいろんなものを見つけられると思ったのです。

留学のため、アルバイトで費用を貯め、苦手意識のあった英語も学内のラウンジに通って大人の方々と英会話の特訓をしました。

トルコのイスタンブールで乗り継ぎをして向かったリトアニア。初めての海外。初めての飛行機。不安よりも「飛行機が飛んだ!」「無事着いた!」というワクワク感の方が大きかったのを覚えています。

「違うことが当たり前」の世界で見つけた、等身大の自分

現地の大学では、コミュニケーション理論や社会心理学、リトアニア語、現代英語といった授業を受けました。衝撃だったのは、ちょっと意見を言っただけでも先生たちがすごく褒めてくれることです。現地の学生たちも、先生の話に対してどんどん自分の意見を発言します。一方、私は英語を聞き取るのが精一杯で、発言するタイミングさえ分からない。最初の3ヶ月は、言葉の壁と積極性の違いに圧倒され、本当に大変でした。

それでも、スーパーへ買い物に行く時間に友達と会話したり、ルームメイトと寝る前に15分だけでもその日の出来事を話したりと、コミュニケーションの量を増やす工夫をして少しずつ乗り越えていきました。

留学中はヨーロッパのいろんな国に行きました。フィンランドでオーロラを見たり、ポルトガルの町並みに圧倒されたり。留学中に16カ国も旅することができました。

また、留学中に自分の価値観も大きく変わりました。特に、ルームメイトだったウクライナ人の女の子は、大きな気づきを与えてくれました。

彼女はとても優秀でしたが、部屋ではダラダラ過ごしたり、「今日は疲れたから学校に行かない」と自分で決めて休んだりしていました。それを見て、「あ、完璧じゃなくてもいいんだ」「自分で決めていいんだ」と心が軽くなったんです。

リトアニアでは、待ち合わせに遅れても、気分が乗らないからと断っても、パジャマでゴミ捨てに行っても、誰もそれを責めたり変な目で見たりしません。そこには「違うことが当たり前」という空気が流れていました。

日本にいた頃の私は、常に周りの目を気にして生きていました。でも、ここでは自分らしく生きていい。挑戦するにも誰かと一緒じゃなくていい。そう思えたことで、私は少しずつ自分を肯定できるようになりました。

伴走者としての喜び

日本に帰ってきてからは、中高生の探究学習に伴走するボランティアを始めました。留学から帰ってきて、一人暮らしのアパートで暮らすことが寂しくて、新しいコミュニティに所属したいと思っていたのと、留学中からボランティアには興味があったからです。

中高生の探究活動に大学生メンターとして関わるのですが、私が担当したのは「国際ユニット」でした。国際交流イベントを企画したいという中高生たちに伴走し、一緒に考えを深めていく役割です。

これがまた、想像以上に難しい経験でした。中高生たちは忙しく、準備がなかなか進みません。イベント前日になってもポスターができておらず、焦った私はつい、「私がやるよ」と申し込むフォームを作るのを手伝ってしまいました。

その時、リーダーである大学生ディレクターの方に言われました。「失敗してもいいから、彼らに任せることが大切だよ」と。ハッとしました。良かれと思って手を出していましたが、それは彼らの成長の機会を奪うことだったのです。それからは、「伴走者」として一歩引いて見守る、信じて任せるという姿勢を貫くようにしています。

自分とは違う視点を持つ中高生や他大学の学生との関わりは、私にとって非常に刺激的で、心地よい居場所となりました。プロジェクトが終了した現在も、次の大学生メンターを募集するためにYouTube動画やInstagramの運用を仲間と行っています。

ブレない自分を目指して、東京へ

卒業後は、ボランティアでの経験から、誰かに寄り添い、一緒に課題を解決していく「伴走者」のような仕事をしたいと考えています。若いうちにバリバリ働いて、もっと多くの人と関わり、いろんな経験を積みたいと思っているので、東京に出て働きたいと考えています。また最近では、仕事を通じて海外と関わることができる企業にも魅力を感じるようになってきました。

社会に出る準備として、現在はインターンや「次世代BASE」という学生コミュニティにも参加し、自分より年齢や立場の高い社会人の方々と関わることにも慣れようとしています。

正直に言うと、まだ自分に自信が持てず、「私なんか」と自分を下に見てしまう癖が抜けていません。リトアニアで自由な精神を学んだはずなのに、日本に戻るとまた人の目を気にしてしまう自分もいます。

だからこそ、社会に出て多くの経験を積むことで、ブレない自分を作っていきたい。それが今の私の、新しい目標です。完璧じゃなくてもいい。でも、もっと強くなりたい。そんな思いで、一つ一つ進んでいきたいと考えています。

Profile

小川 佳希

Yoshiki Ogawa

小川 佳希

新潟県立大学国際地域学部 / 留学経験者

富山県魚津市出身。新潟県立大学国際地域学部に在籍し、言語や歴史、ジェンダーなどを幅広く学ぶ。大学2年次にリトアニアへ約半年の留学を経験。帰国後は大学生メンターとして中高生の探究学習を支援するボランティア活動に従事。

Related