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エンドロールに名前を刻む。大好きなエンタメに恩返しをする日まで

エンドロールに名前を刻む。大好きなエンタメに恩返しをする日まで

山口 希良

山口 希良

新潟大学創生学部

2025年2月16日

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#エンタメ業界志望#ライトノベル執筆#勉強好き#組織の縁の下の力持ち#スケジュール管理#資格勉強

新潟大学創生学部で実践的な学びを深めながら、アニメやライトノベルなど好きなものを追求する山口希良さん。彼が人生の基盤として大切にしているのは、「自分にも甘く、他人にも甘く生きる」という一見すると現代社会のストイックさとは逆行するような柔らかな価値観です。過酷な受験勉強や人間関係の挫折を経験した彼が、なぜその価値観にたどり着き、アニメの世界に情熱を注ぐようになったのか。その等身大の歩みと未来への想いを紐解きます。

新潟県小千谷市出身。現在は新潟大学創生学部。大学では実践的なグループワークを通して協調性を学ぶ一方で、日商簿記2級の資格取得など個人のスキルアップにも注力。学業のかたわら、アニメやライトノベル、アイドルなどのエンタメ文化を深く愛し、自ら小説を執筆するなどの活動も行っている。

田んぼに囲まれた小さな世界と、夢中になった短距離走

新潟県の小千谷市で生まれ育ちました。実家の周りは見渡す限りの田んぼで、冬になれば雪の壁ができるような場所です。コンビニに行くのにも走って30分かかるほどの環境で、ご近所はおじいちゃんやおばあちゃんばかりでした。私は3歳下に弟、さらに3歳下に妹がいる長男なのですが、自分の家を含めても子どもはポツンポツンとしかおらず、近所に同級生はほとんどいませんでした。

幼い頃は、外で毎日友達と走り回るような活発なタイプではありませんでした。父親の勤め先の関係で、最初は周りのみんなとは違う保育園に通っていたことも影響しているかもしれません。基本的には一人が好きで、家でゲームをして遊ぶことが多かったです。弟がある程度大きくなってからは、よく一緒に遊んでいました。

小学校へはスクールバスで通っていました。小学1年生と2年生の時は同級生が一人もおらず、上の学年と合同の数人だけの教室で過ごしました。小学3年生で学校が合併してからは同級生が18人ほどになり、そのまま中学卒業までほぼ同じメンバーというコミュニティの中で育ちました。

小学5年生の頃、学校のクラブサークルで陸上を始めました。最初は長距離を走っていましたが自分には合わないと感じ、中学に入ってからは本格的に短距離走にのめり込みました。学校内では一番足が速かったのですが、いざ大会に出場するとさらに速い選手が数多くいる現実を知り、県大会へ進むための基準タイムを目標に毎日練習に励みました。

筋トレやフォームの確認など地道な練習を通して、0.1秒タイムが縮まることが嬉しかったですし、根性も身につきました。ただ、最後の記録会で、県大会に出場するための規定タイムにあと0.02秒届かずでした。直後の記録会ではそのタイムをあっさり超えることができ、別の県大会のようなものには出場できました。最低限の頑張りはできたかなと思いつつ、悔いが残る結果となりました。

挫折と現実逃避の中で出会ったエンタメ

中学の部活を引退して受験勉強が始まる合間に暇な時間ができ、アニメを見るようになりました。親にお願いして定額制の動画配信サービスに入らせてもらい、『ソードアート・オンライン』というファンタジー作品に夢中になりました。その直後くらいにライトノベルも読み始め、『Re:ゼロから始める異世界生活(リゼロ)』にも深くハマっていきました。

悔いが残った部活の引退や受験勉強といったストレスから、アニメやライトノベルの世界は良い意味で目を逸らさせてくれました。それは一種の「逃げ」だったのかもしれませんが、私にとっては現実を少しだけ忘れさせてくれる大切な時間でした。

高校は、地元の田舎を離れて長岡市の学校に進学しました。しかし、1学年が40人クラスで6〜8クラスもあるというマンモス校の規模感に、完全に圧倒されてしまいました。中学までは勉強も運動も自分が一番だったのに、高校にはもっとすごい人たちがたくさんいました。何より、保育園からの顔なじみしかいなかった私には、中学生や高校生などある程度大人になってから「初めての人とどう友達になればいいのか」その接し方が全く分からなかったのです。

本当は高校でも陸上を続けたかったのですが、入学前の練習に参加した際、知らない先輩や、すでに友達同士になっている同級生たちの中に馴染むことができず、心が折れてしまいました。学校自体にも足が向かなくなり、週に何日かは休む不登校気味の状態になっていきました。「学校に行きなさい」と言う祖母と、「行きたくなければ行かなくていい」と言う母の間で板挟みになり、申し訳ない気持ちでいっぱいでした。

そんな自分を救ってくれたのは、ライトノベルでした。教室に友達がいなくて、休み時間に一人で本を読んでいると、前の席の男子生徒が「俺もそれ好きだよ」と話しかけてくれたのです。それをきっかけにクラスの男子たちとも話せるようになり、「学校に行ってやってもいいか」と少しずつ思えるようになりました。高校2年生でクラス替えがあり、その友達と同じクラスになれたことでさらに交流が広がり、次第に人と話すのが楽しいと思えるようになっていきました。

強迫観念からの猛勉強と、気づいた「自分に甘く」の価値観

学校生活は楽しくなってきたものの、不登校気味だったせいで勉強は完全に遅れていました。高校の先生は国公立大学への進学を推してきて、その中で新潟大学を指標としていたのですが、当時の私は働くことや将来の夢について何も考えていませんでした。

火がついたのは、高校2年生の冬でした。仲良くしていた友達が、普段あまり勉強していないように見えたのに、模試で自分よりずっと高い点数を取っていたのです。「負けたくない」その思いがスイッチとなり、猛勉強を始めました。

ゲームも動画サイトもSNSもすべてスマホから消して、土日も塾に。マイナスからのスタートだった分、勉強すればするほど目に見えて成績が伸びていくのが分かり、「勉強し続ければもっと上がるんじゃないか」と思えたことがモチベーションでした。一方で、「みんながやっているから、今ここでサボったら差がついてしまう」という一種の強迫観念のようなものもありました。自分を追い込みすぎた結果、体調を崩してしまい、そこからは息抜きをするなど、バランス感を持って勉強できるようになりました。

この時、厳しくしすぎることは、心の余裕を失わせると実感しました。それからは、優しさや甘さ、ということを意識するようになりました。心にある程度の余裕を持たせてあげることで、周りもよく見えるようになり、自分が本当にやりたいことにも気づくことができる。自分にも身近な人にも優しくいることで、人間関係も円滑に築ける。そんなことを考えるようになりました。

苦手だったグループワークが教えてくれた、仲間と創り上げる喜び

受験では無事に新潟大学創生学部に入ることができました。入学当初は、キラキラした大学生活やアルバイトを想像していましたが、初めての一人暮らしと、創生学部特有のグループワーク中心の授業に追われ、全く余裕がありませんでした。もともと一人で黙々と勉強するのが好きで、チームで話し合う経験も少なかったため、最初はグループワークが全く好きになれませんでした。

しかし、「フィールドスタディーズ」という長期的な授業が私の意識を変えてくれました。10人の固定メンバーで約2ヶ月間、新潟県内の企業に足を運び、企業の課題に対する改善策を提案する授業。教授からアドバイスをいただきながら、最終的に経営者や学部生の前でプレゼンをするという非常にハードな内容でした。

授業外でも、毎日集まって作業をする様な環境でしたが、その分、メンバーとめちゃくちゃ仲良くなることができました。仲良くなると、グループワークでも気兼ねなく言いたいことを言い合えるようになり、グループワークへの苦手意識は薄れて、むしろ楽しくなっていきました。

一方で、一人で没頭する時間も大切にしていました。大学の単位だけでなく、何か形に残るものを成し遂げたいと考えて、簿記の資格を取ることにしたのです。映像教材と市販の参考書を使った独学で勉強し、3年生の5月までに3級と2級を取得して一区切りさせました。

広がる趣味の世界

アニメやラノベなど、趣味の世界も広がりました。大学生になって時間がある時には一人でふらっと東京の展示会やイベントに行くようになりましたし、中学からの友人3人と毎年「コミックマーケット」にも参加するようになりました。

趣味でライトノベルも書き、新人賞への応募などもしています。何もない「0」から「1」の物語を創り出す作業がとても面白く、自分に合っていると感じました。

また、母親の影響で可愛いキャラクターが気になりだしぬいぐるみなどを集めたり、学内の猫の世話をするサークルに自分のペースでラフに参加したりもしています。最近はアイドルグループにもハマっています。2次元だけでなく、現実世界にいる3次元のアイドルを好きになったのは初めての経験でした。

趣味が転じて、卒論のテーマもコミケに関連したものを考えています。最初は違うテーマも考えていたのですが、先生から「本当に自分が好きなことの方が熱に入りやすいよ」とアドバイスを受け、一気にエンタメ方向へ持っていくことにしました。

0から1を創り出す。大好きなアニメでエンドロールに名前を刻む日まで

将来はエンタメ業界、特にアニメやライトノベルの分野に関わる仕事をしたいと考えています。他の仕事も考えてみたのですが、やはりエンタメ業界にモチベーションがわくことに気づき、エンタメ業界に絞って就職を考えています。

エンタメにカテゴライズされる文化の中でも、アニメは今やマイナーなものから日本を代表するポピュラーな文化になりつつあります。アニメ業界は日本の主要産業になれる可能性を秘めていますし、聖地巡礼などを通して観光業界や飲食業界など、他の分野にも大きな影響を与えられる素晴らしい業界だと考えています。

夢は、アニメを作る中心部分に携わり、自分が企画・担当した作品のエンドロールに名前が載ることです。また、ライトノベルも好きなので、自分が担当したライトノベルがアニメ化され、大ヒットしたら、これほどやり切ったと思えることはないと感じています。ただ、単なる「好き」という気持ちだけでなく、自分に何ができるのか考え、エンタメの世界へ挑戦していきたいと思っています。自分の原点であるアニメやライトノベルに、いつか恩返しができる日を信じて。

Profile

山口 希良

Kira Yamaguchi

山口 希良

新潟大学創生学部

新潟県小千谷市出身。現在は新潟大学創生学部。大学では実践的なグループワークを通して協調性を学ぶ一方で、日商簿記2級の資格取得など個人のスキルアップにも注力。学業のかたわら、アニメやライトノベル、アイドルなどのエンタメ文化を深く愛し、自ら小説を執筆するなどの活動も行っている。

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